まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

夏目漱石「坊っちゃん」読書感想文

 機動戦士ガンダムで、シャアがガルマの死にたいし「坊やだからさ」と言うシーンがある。おそらく誰もがテレビの前で「おまえのせいだろうが!」とおもったにちがいない。

 

 シャアの言う「坊や」には痛罵のふうがある。むろんそこにはザビ家への怨嗟も加わっているのだろうが、本質的にはガルマの温室育ちのピュアで甘い性格を指して言ったのだろう。厭味なやつである。

 

 この夏目漱石というひとの書いた〈坊っちゃん〉でも、赤シャツ*1や野だ が、世間の不文律に染まるまいとする主人公にたいして「勇み肌の坊っちゃん」などと言って蔑称する。

 

 そんなふうに言われて主人公はめちゃめちゃキレる。そしてボコる。むろん、姦計を謀った相手だから天誅をくだされて当然なのだが、おれは個人的に、主人公が赤シャツと野だをボコったマジな理由は「気にいらねぇ」という思いに他ならないとおもっている。

 

 はっきり言ってこんな人ヤバいとおもう。関わりあいたくないとおもう。関わったら超メンドクセー。だいたいに於いて、冒頭から「親譲りの無鉄砲で~損ばかりしている」なんつってて、人生の損失を親のせいにしている。こうゆうやつは社会でやっていけないとおもう。

 

 生きていると「正しいことをするほうが間違いである」というシーンに屡々直面する。さまざまな人間が織りなすグルーヴに乗らねばならない。そんななかで坊っちゃんは篤実、恬淡、そして不器用に己の正義を貫き通す。


 おそらくおれがヤングなときに読んでいれば、「いけ! 坊っちゃん! 資本主義をたおせ! 10まんボルトだ!」などと狂ったように叫びちらし、団扇に「坊っちゃん」と蛍光色のゴシック体を貼り付け、坊っちゃんのことを推しまくっただろう。


 しかし、こうも馬齢を重ね、だいたい世の中のシステムがわかってくると、坊っちゃんのような清廉で芯のかたい人物がいちばん厄介である。なぜなら、みんなの考えるやわらかな場所に雷同しようとしないからである。

 

 だから「坊っちゃん」なんて言われたって仕方がないだろう。甘いのである。世間知らずなのである。そうゆうとこガルマといっしょ。でもコイツはガルマとちがっていちいち性格がねじけている。自分が「坊っちゃん」的扱いをされたときには、

たまに純粋な人を見ると、坊っちゃんだの小僧だのと難癖つけて軽蔑する。それじゃ小学校や中学校で嘘をつくな、と正直にしろと倫理の先生が教えない方がいい。いっそ思い切って学校で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を教授する方が、世のためにも当人のためにもなるだろう。

などと学校教育の批判にまで至る。なんでも親のせい、学校のせい、先生のせい。ほんと自分本位なやつだとおもう。

 

 そういえば、機動戦士ガンダムで描かれている時代背景は宇宙世紀0079である。〈坊っちゃん〉は明治28年~29年のころの夏目漱石の体験を下敷きに書かれているらしい。ウィキペディアにそうあった。

 

 なるほど。滄海変じて桑田となる、なんて言うけれども、時代が烈しく移り変わっても、人を嘲弄する言葉には万古不易の態があるのだなぁ。変わらない。変わらないよ。遠い国ではいまだ銃弾が飛び交っている。諍いのない、安寧の世界を建設するために、今おれたちにはなにができるのだろうか。やはり嘘をつくことか。どうも深田恭子です。

 

 一方、まんが日本昔ばなしで、cv:市原悦子で再生される「坊や」の響きには、慈愛にも似た愛情でつつまれているニュアンスがある。

 

 泣いている子どもにキャンディーを差し出す旅人ふうの男が言う「坊や」にもそれがあるし、ハンターハンターの執事たちが言う「キルア坊っちゃん」にもそういうのがある。〈坊っちゃん〉で言うとこの、清の唇から発せられる「坊っちゃん」である。

 

 すなわち「坊や」、「坊っちゃん」という言葉には、その精神性の甘さを指摘する罵詈讒謗めいた響きと、寵愛をささげる対象として呼称する響き、ふたつの局面があるということになる。むろん、そこに通低するのは潔白さだとおもう。

 

 潔白さはその場面によって放つバイブスが変化するのだろう。社会では軽蔑。身内にとっては称揚。最終的に社会にでて生きねばならぬおれたちにとって、まったく正直に生きる、というのも考えものである。

 

 この小説の好きなぶぶんに、

人間は好き嫌いで働くものだ。論法で働くものじゃない。

というのがある。蓋し、そのとおりだとおもう。しかし、そういうふうに生きていければハッピーなのだが、そうもいかないのが人生である。シガラミとかあるし、好きに生きると論法で生き方を制そうとするものが立ちはだかる。

 

〈坊っちゃん〉では、なんとか自分らしく生きられるようになったのかもしれない。しかしこれを読んで「おれも自分の正義を貫くのだ」とおもうのは早計である。だがやはり一度きりの人生、心のあるがままに、社会に染まらず生きられたら素晴らしいとおもう。まだなにものにも染まっていない璞の「坊っちゃん」たちは、そう生きられるようにがんばってほしい。勝利の栄光を君に。

坊っちゃん (新潮文庫)

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今週のお題「読書の秋」

*1:たぶんシャアのモデル。赤いトコとか