まだロックが好き

まだロックが好き

おめおめと生きている日記

髪をすこし短くした。失敗した

 シドヴィシャスのごとき髪型をしていれば、あ、このひとはパンクロックを聴くのだなとおもうし、ブチャラティのごとき髪型をしているひとはモード系の服飾を装備しがちだなとおもう。ソフトモヒカンのひとはきっとでかいうんこが出るのだとおもわれる。

 

 畢竟。髪型というのはそのひとの趣味思考、あるいはライフスタイルなどが顕在化してしまうのである。丁髷頭を叩いてみれば因循姑息な音がする。総髪頭を叩いてみれば王政復古の音がする。散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする。ほらね。昔のひとも言ってる。

 

 しかしあろうことか、貧乏母子家庭に生まれそだった因果から、日々口に糊することで精一杯であったがために、なんの政治的思想も持ち合わせず、とうとう齢三十二を越えてしまった悲しいゆうちゃんの髪型は、まぁ、なんてことでしょう。すさまじき蓬髪が爆裂しているのである。

 

 これではいけない。おれもすでに二児の父である。がんばって生きよう。立派に生きよう。なんの恥ずることをなくして生きていかれるようにしよう。今日からさぁ。ということで、一〇八〇円(税込)を握りしめ、千円(税抜)カットに向かったのである。

 

 入り口のメカに千円と税金を流し込む。切符がでてくる。待合の椅子にはナンバーが振られている。おれは三番の椅子に座し、そのときが来るのを待った。

 

 昔のひとは髪結いを待ちわびるさい、床に座して将棋をさしたり、速記本を眺めたりしたというが、そんな呑気なことをしていられない。そうおもったのは、三人いる散髪職人のうち、ひとりの様子がどうもおかしいのである。

 

 歳のほど五十がらみの男性。眼光には淀んだ光がぼんやりとしている。その眼光で見ているのは客の頭髪ではなく、ガラス越しの往来である。あっぶねーの。のったりのったりとした挙動は胡乱極まりない。そしてなにより「まずオマエが髪切れよ」と諌言したくなるような白いものの混じったきたない茶髪のロン毛であった。

 

 このひとに当たったら「終わる」とおもった。やばいとおもった。ひとりの散髪がおわり、ひとり椅子を空ける。おれは席をつめる。今度は二番である。また散髪がおわる。ひとり理髪台にすわる。なるほど、この調子でいくと、おれはあの不気味な男に髪を刈られることになる。なる、ってゆうかなった。おれを呼んだのはあのルンペンのごとき男性であったのだ。

 

 前髪は眉上。耳が出るように。全体を整えつつ後ろを梳いて呉れたまへ。というのがおれのオーダーである。不気味な男性は「あいあい」と、こちらに聞こえるような聞こえぬような返事をして「……プレストフィナーレ」なんてぶつくさひとりごち、櫛と鋏を構えたのである。

 

 もしかしたら今日死ぬのかもしれない。相手は狂人。しかも刃物をもっている。きちがいに刃物。いつ発狂するかわかったもんじゃない。なにかスイッチが入ったばあい、手にした鋏でめった刺し。これは新聞の一面になるぞ。それとも嵐にかき消されてしまうのだろうか。さすが嵐。おれの死なぞ、だれの興味もそそらないのである。無念。かなしい末路であった。

 

 しかし狂人は発狂のスイッチがはいることなく、髪を切る。ただちょっと髪の切り方がおかしい。クランチのテレキャスくらいジャキジャキ切っていく。おれの過去のデータに基づけば、髪というのはそんなジャキジャキ切るものではなく、すっすっすっ、とこう軽やかに切っていくものなのである。

 

 櫛でたばねた髪を一切の迷いなくばっさり切っていく。迷いのない刃。藤沢周平の世界である。かっこいいとおもう。男だとおもう。けれども当事者としては、もっとこう繊細に切ってほしい。だが、もし仮にそれを忠告したばあい、相手は狂人。逆鱗に触れ、おれは殺されてしまう。袋の鼠である。

 

 仕上がった髪はアシンメトリーといえば今様であるが、左右がちぐはぐであった。遠めにみれば、それほどでもない。だから鏡を前に仕上がりを確認するときは、「だいじょぶです。ありがとうございます」なんて言ったが、帰って仔細に検討してみると、どうも雑然としている。

 

 もちろん、あのとき気がついても言えなかっただろう。だって言ったら死ぬし。なんだかいびつな和田アキコの髪型のようである。髪型は思想を反映するが、これはおれの意思ではない。だからそういう場合もあるとおもう。そういえばおれは幼少の砌、前髪と襟足だけを伸ばされたいわゆるヤン毛ボーイだった。ずっと悲しい髪型の人生なのか。悲しい人生である。

 

愛を頑張って (TYPE-B)

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