慎ましくもささやかな将来の夢を語らせていただくと、私は立派はおとなになりたいのです。
身体はじゅうぶんおとななんですけどね、見ます?下の毛?
余談ですが、最近鼻毛に白髪が生えていました。抜きました。ショックとかよりもその透明感ある短毛が美しかったのが印象深いです。
朝は狂気に満ちているのです。
それはふとんの中の、とある充血器官の話ではないですよ。まぁ、あれも狂気ですが。
喧嘩をみたのです。とある駅構内ホームにて。
いざこざ。きっかけはなんなのか、事実は知らないですけど、まぁ、足が当たったとかそんなもんです。きっと。
都市近郊の通勤通学列車の中は魔境です。そんな小さなことでも人間の心に潜む魔物があらわれるのです。
感情の爆発。
そう。通勤通学列車とは感情のミクスチャートレインなのです。
配合されるそれらは決して長調的ポジティブなものではなく、マイナーコードからかき鳴らされる不協和音。
倦怠。惰性。焦燥。苛立ち。疲労。不信。不快。絶望。
そして描く全体像は、張り詰めた緊張感の殺伐とした静寂の狂気。
これらのノイズが人間の理性に押さえつけられ、リズム感よく、各駅に放出されていくのです。
これから都内で通勤通学する方はご用心。
ギリギリのところで保たれた静かな狂気はちょっとした不和にて爆ぜるのです。
都内で朝の大人のケンカはよく見ます。
抱く感想は「ああ、またか。元気だな。」程度。
まぁ自分はこうならないように気をつけよう、くらいは思いますが。
流し見る人々は先を急ぎます。関心はあるのです。
中には心配して駆け寄る方もいらっしゃいましたが、私は流れていきました。
子どものころに憧れた世界の主人公ならば、それを止めに入ったでしょう。
仲裁。鎮静。和解。
しかし関わりたくないのが現実。
無関心ではなく、無関係でいたいのです。
母ちゃんはいつも
「いいかげん大人になりなさい」と僕に言うけど
安心してください 僕はもう
彼らの輝きを直視できない ダサい大人になれましたよ
とは野狐禅、「少年花火」の一節。
ダサい大人になれましたよ。