まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

ぷんぷんの女

往来を逍遥していると、ふと一対の男女に目が注がれた。なぜなら、女のほうがだしぬけに下あごを引き、眉をひそめ、相手をねめつけ、口をとがらせながら、ぷくっと頬を膨らませたからである。私は、まだこんなことをする女がいるのか! と少し感動を覚えた。

 

いっぱんてきに、この表情があらわすのは怒りである。しかし本気ではない。本気のときはもっと「は?」とか言う。疑問符を打ったこのたった一文字には「もういっぺん言ってみろ」てきな恫喝がある。だからこの頬をぷくっとさせるのは擬似的な怒りだ。ではなぜこのような擬似的な怒りを演出するのだろうか。

 

会話には型がある。怒ってないけど会話の流れでおこったふりをする。相手が冗談を言ったり、ちょっとおちょくってきたとき、贅六風にいえば「なんでやねん」とかいう。まぁツッコミと呼ばれるものである。これがいわゆるコミュニケーションだと私は思う。そしてこれは時代によって変化するものだと認識している。

 

この女はその会話の型を、怒りの表現を、頬のふくらみで表現していた。「んー、もぅ!」といわんばかりのニュアンスで瞋恚を演出していた。女の背後にはポップなフォントで「ぷんすか  ぷんすか」と出ていた。声は聞こえなかったが、たぶん語尾に「ぞ」が付いていた。おこっちゃうぞ。って、いや、もうすでに怒ってるやん。

 

頬をふくらませるのはおそらく怒りの擬音「ぷんぷん」から着想されたものだと推測している。一般的な感覚では「フグからきたのでは?」と思われがちだが、そうではない。由来は擬音の「ぷんぷん」。漢文字にすれば「憤々」。かくなる半濁音のかわいらしさを逆手にとって、「怒りかわいい」を表現している。

 

しかし私は、この女がぷくっと頬を膨らませる所作を「ふるいな」とおもってしまった。時代錯誤で旧弊な表現方法だとおもった。だがしかし。思えばこういった女は一定数いる。なんどか遭遇したことがある。巷間に出回る形容をしようするならば「あざとい」と呼ばれる人びとである。

 

きっとこういう女は、男の部屋に来たときに男のワイシャツを着て「だぼだぼ~」とか言いながら袖口をだらんとぶら下げる。クラスのもてない男子に「やだ~」とか言いながら悠然とボディタッチする。飲み会でイの一番にサラダをとりわけようとする。あとめっちゃパーソナルスペースが近い。

 

時代という急流の河川に、その水底に沈底している普遍の真理。私はこういうタイプの女はそんな普遍の真理をもっていると思う。もうずっと、どの時代にもこういう女はいる。きっと江戸時代にも、平安時代にも、縄文時代にも、白亜紀にもいた。そしてこれから人類が描いた未来の中、そこにもいる。アポロ28号が宇宙に飛び立っても、火星に移住しても、移住先に人型のゴキブリがいても、アイフォンフルアーマーダブルゼータマークⅡが発売されても。もうずっと。ずーっとこういう女はいる。サンジェルマン伯爵かよ! と思いますね。

 

時代は平成29年。ドラクエは11。アイフォンはX。円楽は6代目。車も空を駆け上がりそうなこの時代に、頬をぷくっと膨らませる女。恬然と、怒りをそれで表現する女。諸行無常、有為転変、世の中は三日見ぬ間の桜かな、などというけれど、世の中には「変わらないなにか」がたしかにある、と思った。

月刊 さとう珠緒 (SHINCHO MOOK)

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