ベースはカッコいい。
こんな台詞からベースを手に取る若年層のバンドが増えている。
楽器をやるならギターから、という概念は一昔まえのモノになった。
僕も実はそのクチで、今ではギターを爪弾きへたっぴな歌なんぞ歌っているが、楽器はベースから入った。
最近のバンドのベースは巧い。
フレーズも楽曲の光として存在感を放っている。
なぜか?
それはベースが音として顕在化し易くなった、というのが大きな原因ではなかろうか。
僕は中学生まで小さなCDラジカセで音楽を聴いていた。
シャカシャカシャカと音を出していた。ぶっちゃけ低音なんていう概念は皆無だった。
MDコンポという人生の初めて心を許した友達に出会ったのは中2の春。
革命だった。衝撃だった。初めてたらこスパゲティーを食べた以来の衝撃だった。
今まで聴こえなかった音がたくさん聴こえてきたのです。
僕の低音ヴァージンを破ったのはONKYOさんのスピーカーでした。
いまではハイレゾなんていう妄信的な世界を繰り広げているけれども、そのころの音源は確かに高音質化がちゃんと聴こえていた。
例をだそう。今話題のハイスタ。そのMAKING THE ROAD。2000年発表。これは僕が中2か中3で聴いた。
そして追って前作1997年発表のANGRY FISTを聴いた。
…音モコモコやんけ。
アングリーフィストが悪いわけではないのだが、メイキングザロードが良すぎた。
両方とも中身(曲)はイイしちゃんと聴けるので比べるのもアレなのだけれど。
まぁ資金の問題もあっただろう。
しかし昨今の音源の高音質化、再生機器の安価且つ高品質化はめまぐるしい程の変遷を遂げている。
レコーディング安くしたってそれなりのモンがちゃんとできる時代。
安くても使えるイヤホンだってたくさんありますからね。
それらが相まってベースの音はより鮮明に聴こえるようになった。
そしてそれは演奏技術の伝播、向上を促進している。
ナンバーガールを久しぶりに聴いている。
サッポロのラストライブのヤツだ。
ナンバーガールとは…という話しは割愛させてください。
簡単に言うとニッポンのバンドです。
ナンバーガールのバンドとしてのアンサンブルの奇跡を書くと永遠が終わらなくなってしまう。
まぁいつかナンバーガールの頭の中のオモイデを書きたいと思う。
が、とにかく今はそのバンド、ナンバーガールのベースについて。
その名も中尾憲太郎。
ルート弾きの印象が強い。無骨にゴリゴリ。
簡単に説明するとルートってのはコードの根底にある音。
コードってのは和音で、和音を構成しているイチバン低い音がルート。
その単音をベンベンと8分音符にのせるのがルート弾き。ベースの基本です。
フレーズもちゃんと弾く。
しかし基本的に一曲の中で他フレーズに浮気しない。
その曲の中でこのフレーズを弾く、と決めたらほぼそれだけ。
代表曲NUM-AMI-DABUZ、OMOIDE IN MY HEADとかで顕著。
故にこのイメージが強い。
しかし不器用なワケではない。意外となんでもできる。
Zegen VS Undercoverなんてウラからシンコペーションではいっている。巧妙。
だけどもDelayed Brainなんで黒玉をポンと置いておくだけだったりする。
余計なことをしていない。
技術はあるのに見せびらかさず、余計なことをしない。そして基本をしっかり。
僕はここに「理想の男性像」を垣間見たのです。
山小屋。屈強なひとりのきこり。
春から秋にかけて黙々と木を倒し、生計を立てている。
筋肉は隆々。それは見せかけのモノではなく必要だから付いた機能美を放つ。
ちなみに冬は木を育てると共に質素なログハウスで民芸品を彫っている。まめだらけのその手のひらは意外と器用で大事な収入源。趣味もかねている。もちろんパイプを燻らせながら暖炉の前で。
たまに買出しに麓の町に出る、「よう元気かい!?」なんて声を掛けられるが基本的に会話はしない。「あぁ」と一言いって去る。最小限のコミュニケーション。しかし嫌われない。なぜならみんな彼の悲しみを知っているから。不幸としかいいようのない事故で妻と子を一度に失ってしまった彼の悲劇。あんなに幸せそうだった彼の笑顔はもう戻らない。しかしみんなは知っている。彼がまだ家族を心から愛していることを。
なにを書いているのでしょう。理想の男性像。どっしりとした男らしさを描きたかったのかな?
もちろん、きこりの顎鬚~胸毛~腹毛~ギャランドゥ~陰の毛までは1つながりになっている。体毛は男のセックスアピールです。
話しをベースに戻してもイイですか?
中尾憲太郎のベースは昨今のバンドのような色鮮やかなベースではない。
しかしそれが退屈に感じない。
というのも田淵ひさ子のギターとアヒトのドラムが遊んでいるから。
ナンバーガールというバンド自体まぁピクシーズ直系のオルタナ性をもっているんだけど、ボーカルの向井はあんな感じだし、アヒトのドラムは演奏しているというよりは「遊びながら踊っている」。田淵ひさ子のギターは「冷たく叫んでいる」し、実は実際ちゃんと演奏しているのは中尾憲太郎だけなのです。
このライブ版のU-Raiなんて最たるもんだ。アヒト、クソ走ってるし。
しかしナカケンはたまに(結構な頻度で)間違える。
このライブアルバムでもはいから狂いでミスっていた。
ベースのミスは目立つからね。いとをかし。風情だよ。人間味があってイイじゃない。
と思うのではなく、それさえも男らしいと思える。
更に言えば「お!テンション上がってんだなー」とか勝手に言い訳をラベリングしてしまう。そういう男なんだ、アイツは。
ベースという楽器自体、非常に男らしい楽器だ、と僕は思っている。
楽器自体、重くてデカイ。弦も硬くて太くて弾くには多少の力が必要になる。音圧もすごい。無骨にゴリゴリ。
こんなことを書くと繊細に音を刻む女性ベーシストに怒られそうだが。
余談だが向井秀徳のベースの人選は素晴らしい。
ZAZEN BOYSでは吉田一郎。コイツはヤバイ更にヤバイバリヤバイ。異次元レベル。
音楽的には中尾憲太郎とは真逆のタイプのベーシストだ。しかし姿勢は似ている。
全ニッポンロックベース評議会があったら間違いなくコイツが一位になる。というか殿堂入りでイイでしょう。
中尾憲太郎。男らしいベース。
ロキノンという言葉の創成期にあたるベーシストゆえの過大評価かもしれない。
しかし今も残るナンバーガールの音楽にはたしかに中尾憲太郎の男らしさが香る。
ナンバガというバンドの力もあって中尾憲太郎に影響されたベーシストはたくさんいるでしょう。
そしてこの記事を書くことによって僕の理想の男性像がきこりだってバレてしまいましたね。
まず胸毛を生やすことから始めたいです。
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