正月には「お年玉」という少年少女たちに金銭を贈呈する習慣がある。
彼らにとっては年明けのめでたい雰囲気にあやかったラッキーなイベントである。
たしかに大変ラッキーでハッピーでポッピーな行事ではあるが、取得した金額により、ひと悶着おきることも事実。
年収とはだいたい隠蔽するものであって、なぜなら資本主義が展開される先進国において、取得できる金額こそがおのれの力量とみなされるフシがあり、誰しもおのれの手の内を明かすほどオープンなワールドではないので、誰もが疑惑、不信、懐疑を抱きながらお互いに距離を保ちつつあるこの世は平成29年になりました。あけましておめでとう。
その距離を一気に詰めることができる魔法の言葉が取得金額の発表である。
それはお年玉もしかり。
「あいつんちは金持ち」「あいつんちは貧乏」「あいつはたぶんウソをついている」「あいつには聞かないでおこう。かわいそうだから」みたいな心理的かけひき、権謀術数、慈しみの先に形成される家庭環境を加味した校内ヒエラルキー。カースト制度です。
公立の小中学にも意外と叶姉妹みてえな莫大な資金力のあるご家庭が存在する。公立学校は魔境。
これらは無垢な小学生低学年くらいであればただの羨望になるが、高学年から中学生にかけては妬心を呼び起こすことになる。場合によってはグレる。いや、まじで。
なのでいっそお年玉の金額は一定にすべき。
3親等以内は
小学校低学年 2000円
小学校高学年 3000円
中学生 5000円
高校生 10000円
4親等以降は中学生まで同じだけど、高校生になったとしても5000円。それ以上はダメ。違反は罰金5万円。
これで良いでしょう。じつに社会主義的です。しかしそれもまた人生。
ちなみに私のイトコなる人物にはこれが適用されているので、ポチ袋を開封するまでもなく金額に察しが付いているようだ。今年から5,000円だが、3年後におびえている。
しかし腐ってもカネ。
就業により金銭を練成させる術をもたない青少年にとって、このお年玉というのは一年間の個人的経済活動における資本となる。
お年玉とは前払いシステムである。この資産運用によって1年が左右される。まさに一年の計は元旦にあり。
なかには宵越しの銭なんて男の恥だと考え、酒池肉林の豪遊をなす猛者も仲間内にはいたが、私は貯蓄型。堅実に溜め込むタイプであった。つまらない人間ですね。
私の誕生月は8月であるが、最強の誕生月は6月だと考える。
なぜなら、お年玉という資本を運用するにあたって、どうしても中継ぎが必要であるからだ。
親戚一同により資産を形成できる唯一のイベント「正月」の次は、一年の奉公に対する御恩であり現物支給ボーナスである「クリスマス」。1月と12月であり、この間はほぼ12ヶ月、つまり1年あいていることになるが、各個人に制定されている誕生日という制度をわすれてはならない。
ここでも年に一度の成長の発表にあわせて特別ボーナスとしてプレゼントが支給される。よって誕生日は正月、クリスマスのイベントの中間である6月が最強。
ちなみに最弱なのがこの1月と12月。支給品が重複するので。
しかしこのお年玉。なぜ大人はもらえないのだろうか。
答えは明白で、くれる人がいないから。
でもお年玉ほしい。
お年玉じゃなくてもいい。
とにかくカネが欲しい。
ありあまるカネが。
そしたら年始早々会社に行かなくていいし、ずっと正月アンド夏休み。
あーホントに憂鬱。これからまたお仕事の一年が始まりますよ、みなさん。
でもカネさえあれば。カネさえあれば働かなくて済むのに!!
だからだれかおとしだまください。
5億円。ご連絡はツイッターのダイレクトメールで。よろしく。