息子と午睡をキめていると、階下に気配がする。妻が帰ってくるにはまだはやい。ってゆうか妻が帰ってくれば、まず二階の寝室にきてくれるはず。おかしい。
この家にはおれたち以外だれもいないはず。いや、厳密にいえば小虫とかダニとかそういうのはいるかもしれない。でもそうじゃないじゃん。なのに気配がする。けっして幻覚ではない。そういう薬品は摂取していない。
おれはベッドサイドテーブルから、三十二口径のコルトM1903を取り出し、シリンダー式の弾倉を確認した。マニュアルセーフティを解除した鉄塊、そのずしりとした重みを握り締め、寝ている息子のうつくしい寝顔を網膜に焼きつけた。もうこれで最後かもしれない。
相手に気付かれないように、気を殺して歩をはこんだ。からだの精孔を閉じ、絶の状態にした。耳鳴りのような静寂がはりつめ、なまなましい沈黙が肌に触れる。
階下に下りた。便所、風呂場、物置を確認した。だれもいない。残るのは居間だ。扉のまえで呼吸をととのえる。相手も武器をもっているかもしれない。おれは呼吸を飲み込み、ドアを蹴破り、居間に飛び出した。
掲げた銃口。その先に視界をおとしていたおれが認めたものは、風だった。掃きだし窓に垂れているレースカーテンが、軽やかにゆれていた。あたたかい湿り気のある南風が居間に充たされ、模様のような陽だまりがはずんでいた。
おれが感じたのは、春の気配だった。午前中、息子と外で遊戯していると、落ちてくる陽射しのやわらかな暖気に、冬の終わりをかんじた。もちろん、まだ日蔭はつめたい。しかし、凛とした冬の空気はすこしゆるくなったような気がする。
春だなぁ。おぞましほどに鬱勃としたさっきの殺気は霧散した。おれはコルトを腰間のベルトに挟みこみ、陽光をすくい上げた。その光は土のようなにおいがした。
もうすぐ春ですね。おれはキャンディーズを口のなかでうたった。春から息子は幼稚園にかよう。こども園なので保育園にかよいつつ幼稚園にもかようのだ。先日その道具類を購入したところ。ってかもう春かよ。あはは、早っ。事件です。
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