まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

「ご苦労様です」と言ってはいけない

 

Eldredge tie knot

 

先日、会社で息を吸ったり吐いたりしながら遊んでいると、他部署の若輩から「ご苦労様です」との発言を浴びた。

私はどういうこと!?という驚愕の念を抑制しながら「あ、おつかれさまです…」と返礼をいたした。

 

いいんすよ。べつに。私はどっちでもいいんです。お疲れ様ですでも、ご苦労様ですでも。個人的にどっちでもいいんです。もっと言えばそういうのめんどくせぇなって思っている方です。細けぇこたぁ気にすんなよ。って思ってます。これタモリが言いそうですね。でもそうはいかないのが社会です。

 

目上の御方に「ご苦労様です」は忌避すべきだ*1

これはビジネスを生業とするものであれば、ふとした時に出会う情報であり、周知の事実であると私はおもんぱかっている。おそらく彼はその情報を知らなかったのかもしれない。

それとも単純に私がなめられているのか。もしそうならば今から叩くのはキーボードではなくなりますが。

 

無知を叱責するつもりはない。知らないことは罪ではない。しかしそれを知らないってのは社会人としてどうなのか。無知よりも姿勢を問いたい。

 

つまり、こんだけ世の中に就業上の暗黙の了解、いわゆるビジネスマナーの手ほどきが横溢し、手軽にその情報にアクセスできる時代なのに、どうしてその「ご苦労様ですと目上の御方に言ってはいけない」という情報を手に入れられなかったのか。

「お疲れさまです」と「ご苦労様です」はなにがちがうんだろう。と考えたことはないのか。

社会人としてもっとアンテナを張るべきではないのか。そのスマホはパズドラ専用機なのか。ってか上司も教えてやれよと思いますが、ある程度のマナーは自分で学ぶべきだとも思うのです。教えられなきゃなんもできんのか。

 

もしかしたら彼は上司が使用する「ご苦労さま」を模倣しているのか。

ということは彼はもしかしたら「お疲れ様です」というフレーズを聞いたことがないのかもしれん。それなら仕方ない。…なんて言うかぼけなす。バイトもしなかったのか。バイトもせずに大学生を堪能していた、となれば彼が身を置いていた甘美な生活、親のスネをしゃぶっていたというバックボーンが背景として見えてきて、裕福な人間にたいするぬるま湯的人生経験に憤慨なのです。いやだからこそ彼の考えは浅いのか。

 

失敬な行動を慎むべきなのが社会のマナーだ。だから言動というのは意識すべきである。よって「ご苦労さまです」と発言する人間は無思慮で、自己啓発のできない、社会人として意識が低迷している、ぼんくらに思えてしまう。

 

でも、だからといって上司様たちから「ご苦労様」と言われるのもなんともうめき声をあげてしまいたくなる。うっ、後光が射している!と思う。

「ご苦労様ですは目下に放つ言葉」という情報があるのだから、それを私たち部下に言うことは「俺より下賎な社畜ども」と見下されているようで心が暗くなってしまう。まぁじっさいそうなんでしょうがないですが。

 

とにかく「ご苦労さまです」を誰かに発することは、避けるべきではないだろうか。もちろん挨拶や慰労の言葉は素晴らしいと思うが。

例えば水道工事業者などに「ご苦労さまです」と発言することは、無意識下に顧客というたちばを利用し、相手を自分よりも下愚な存在である、と言っているように感じる。カネをはらっているから偉いという考えはやめたい。

 

というわけであって「ご苦労さまです」には自分を高め、相手を落とす力がありますので使用方法には気をつけましょう。細かいとお思いでしょうがこれが社会です。ここまで読んでいただき、まことにご苦労様でした。

*1:「ご苦労」には奉仕にたいしてのねぎらいの意がある。よって「よくがんばったな」的上から目線のニュアンスがあるから、だそうです。