まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

大人のけんかの止めかた 上野東京ラインでのできごと

 

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今しがたのことで感動さめやらぬ。

2017.3.31.22:20頃上野東京ライン。神田駅線路内人立ち入りの影響で遅延。それは新橋東京間での信号停止中であった。私は立ち乗りしていた。

 

私の後ろをどかどかと通る人がいた。彼の肩下げかばんが私の尻にぶつかる。私の背後で通路を挟み、背を向けて立乗していた乗客にもぶつかったようで、御方も訝しげにそのどかどか人を目で追っていた。

 

どかどか人は50代半ばのおっさんであった。上野東京ラインにはトイレが設備されているのでそこに入っていった。おそらく酩酊していた。問題はおっさんがトイレから出てきた時のことである。

 

そのトイレは、駅構内のトイレでよくあるごときの扉ボタン開閉式なのだが、出たら基本的にドアが開けっぱなしになる。もしかしたら時間が解決するのかもしれないが、ドアはそのとき開いたままであった。

 

「ドア閉めろよ」

そばに立っていた一人の兄ちゃんが指摘した。おっしゃるとおりだな、と私は思った。おっさんは素直にそれに従い閉じるボタンを圧迫した。踵を返したその時である。

 

ぱさん、と兄ちゃんの肩が叩かれた。肩を叩く、と言っても指先でちょこちょこと「ちょいとお兄さん」てな感じでなく、手の甲、裏拳にてぱさんと投げやりに叩いた。叩いたのはもちろん指摘された放尿後のおっさんである。

「なんだよ」

おっさんの言葉である。なんだよってなんだよ、と私は思った。またけんかだ、と思った。

 

ここで兄ちゃんは手を出さなかったのは偉い。しかし無視すればいいものを「閉めろっつったんだ」と反論した。兄ちゃんはなにも悪くない。たしかにあんな絡まれ方したら言い返すのが男の性(さが)というものである。

 

「閉めたじゃねぇか」とおっさんは言う。おっさんはばかだった。閉めろ、と言われて閉めたくせに、あたかも「自分のスケジュールにはちゃんと組み込まれてましたよ」的な感じで物申した。自分がすべてを支配しているかのような傍若無人ぷりであった。

 

兄ちゃんは正確な言葉を放った。

「なんだよってなんだよ。手を出すなよ。ばか。」

おそらくこれは私の、もしくは乗客、その一部始終を観覧していた人々の総意であった。そこからは水の掛け合いであった。

「なんだ。兄ちゃん。なにに不満があるんだ」

またぱすん、と叩く。

「ドアを閉めろと言っただけだ。手を出すなよ。ばか。」

基本的にこのラリーがテンポよく続く。テンポが良いのに心地が悪いのは、これが大人のけんかだからであった。5回ほどのラリーで車内には張り詰めた空気が流れていた。不安と、訝しげと、嘲笑が入り混じった緊迫であった。

 

そのラリーに水を差した男がいた。敬意を込めて私は「漢」と表記したいんですがいいですか?なのでもっかい書きますね。

 

そのラリーに水を差した漢がいた。

漢はアイパッドを見つめながら、自然に彼らの視線がぶつかる中空にフェードインした。見つめ合う兄ちゃんとおっさんのラリーは遮断された。

漢は兄ちゃんの方に向き、おっさんと目を合わせないように、うんうん、とうなずくばかり。そこで一言

「まぁ、みんな、見てるんで。ね?」

そう言い、こんどはおっさんのほうに寄り添い、笑顔をみせた。それはとても輝いていた。格好良かった。笑顔がかっこいいってすごくないですか?でもめっちゃかっこいかったわ。その正体は普通のどこにでもいるくたびれたおっさんですよ。俺は忘れないと思うわぁ…あの笑顔は。

 

「ね。いろいろね。文句もありますよ。」

たたみかける漢の言葉には、慈しみが染み渡っていた。私は神がいる、と思った。

「私なんてもう不満ばっかりですもん笑」

漢は言葉に自虐を込めた。さも、この場では自分がいちばん身分の位が低いんですよぉ〜。なんて具合な言い方だった。コミカルを演じた。漢はピエロになった。それはこの車内の秩序を守るためだった。

そこでまた新たなべつの漢が立ち上がった。

べつの漢は便乗型であったが、私を含めたなにもしない傍観者よりは勇者であった。便乗型漢は兄ちゃんに寄り添い、まあまあ。とおっさんと距離をとらせた。

 

そこからは和平に向けて早急な対応がなされた。なんだか車内には一体感が生まれていた。そうだよなぁ。みんなつかれたよなぁ。みたいな悪の矛先を社会などの見えないものにぶつけ、悪者はこの中ないない!と仲裁を成し遂げた。俺はあのおっさんがばかだから悪いと思ってるがね。

 

おっさんは上野で降りた。漢に向かってありがとう、と言っていた。もっと感謝しろ、と私は思った。

 

渦中のヒーロー、漢は赤羽で下車なさった。同時に降りた若輩が「かっこよかったです。握手してください」と申していた。何人かいた。本当に漢はヒーローだった。私はそのまま車内残り、いつもの駅で降りた。

 

私はけっきょくなにもできなかった。なのに胸いっぱいに誇らしい気持ちを持って帰ることができた。冷たい雨しとしと降っていたが、ほくほくした気持ちで昂ぶっていた。

 

私もあんな格好良いおっさんになりたい。今度そういった機会があったら、あの漢の笑顔を思い出して勇気を出したいと思う。ああいう人が幸せになってほしい。宝くじ、漢に当たれ。