まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

牛丼屋でみつけた少子高齢化対策への糸口

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私はさもしい人間です。牛丼屋でうなぎを食う御尊老を拝見して「あ、おれの年金が消えていく」と思ってしまったのです。卑しい人間です。

自己怠惰による貧困の、それに対するうっぷんを誰かに向けたいのかもしれません。私の前には牛丼の並盛りです。牛丼はロックです。ロックですがうなぎの半額です。

 

なぜこんなにも捻転した心持を抱くようになったか、というと、私はワーキングプアーという社会階級に帰属しており、日々爪に火を灯して悠久をすごしているからではないのでしょうか。つまり、牛丼屋でうなぎを食えない身分なのです。

 

だからでしょうか。根拠も無く訝ってしまうのです。私が国家に奉納した年金で、かの御尊老はうな重を食っていたのではないか、と。ほんとうは彼らはIT企業の重役かもしれない。ほんとうは石油王かもしれないし、ユニクロのCEOかもしれない。なのに勝手に決め付ける私は、なんとも浅ましい人間です。

 

しかし周りのテーブルを見渡せば、天板に重箱を置いているのはかの御尊老たちのみであったのです。齢70くらいでしょうか。なんとも精力的な翁ですね。

 

うなぎを食うと精がつく。なんてのは徳川江戸幕府くらいから伝播されているわけで、しかしそれは現代の神「科学」によって、ビタミンEだの亜鉛だのがうなぎには含有されているって根っこを与えられて、信憑を得ている情報となっているわけであります。つまり精をつけるならうなぎを食うべきなんです。

 

ということはつまり、うなぎを食わないと精がつかないわけで、これは困った。なぜならば日本の人口はどうやら減少しているらしい。そして少子化というブームがきている。

 

国力というのは、おそらくその国の経済力などを示しますが、やはり経済の流れを担うのは神の見えざる手、ではなく人類であります。が故に人口は増やさないといけない。

だからまず働き盛りである私たちワーキングプアー、別名「働けど働けど暮らし楽にならズ」が仕事に精を出さなきゃならない。そして、その一方で配偶者との人体セッションなどを試みては子作りを行い、人口の減少に歯止めをかけなきゃあいけないのでは?

 

しかし、うなぎを食えるのは御尊老のみである。すくなくとも私がいた吉野屋という切り取られた空間では、かの翁のみであった。つまりこれは高齢化社会を加速させている、と私は思った。

 

精の活力の重用はやはり、男女の情事にあるべきで、こどもを作るのに応用すべきではないのか、と所感を抱いている。しかし、かの眉雪たちが今後だれかとまぐわう可能性は、ほぼゼロではないのか。つまり、うなぎを変換したそのほとばしる精力は虚空に消えるばかりである。ほんとうにうなぎを必要としているのはいったい誰なんだ!

 

いやしかし、と否定接続詞で文脈を始めるのにもこれじつは神妙なわけがあって、それは高齢者の活躍、というものである。つまり高齢者が子作りをすればいいわけなのだが、高齢出産というのは危険であるし、すでに寿命もちらちら見えているので得策ではない。失礼な物言いですけれども。

 

じゃあどうすればいいのさ、ってなる。このままじゃ袋小路だ。私は思う。やはり高齢者の活躍を利用するしかない。だって彼らの精力はまんたんなんだもの。

 

つまり精が精を生み出せばいいわけである。だから御尊老はうなぎの養殖をすればいいのである。

 

世の中は需要と供給でなりたっていて、うなぎが、なぜ牛丼よりも高額なのか、というと希少だからである。だからうなぎがこの世に横溢すれば、食卓には常時うなぎがならぶ。そうなると我々労働者の活力精力というのはチャージされ、みんな元気いっぱいで仕事に精をだし、さらには子宝に恵まれ、日本経済は安泰の一途をたどり、さらにそれは子どもを育てやすい環境に相成り、ってつまり、うなぎでこの日本の少子化は止まるのではないか!

 

こうして私はとうとう見つけてしまったのです。少子高齢化の解決の糸口を見出してしまったのです。あとは資金が問題なので、東京オリンピックあたりを中止にして、うなぎの養殖はじめませんか?