まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

必死なヤマトのニュースを見るとAmazonが頼みづらくなる

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こういったニュースを見た。↓

ヤマト“サービス維持を”9200人増員へ(日本テレビ系(NNN)) - Yahoo!ニュース

あとさいきん、こういうのもよく見る。↓

ヤマト運輸“アマゾン当日配達”一部撤退へ|日テレNEWS24

 

つまり、ヤマト運輸がアマゾンのせいで激烈なる運営を強いられている、といった内容であった。そして私はとてつもない罪悪感にさいなまれるのである。

 

私はアマゾンを重用している。もし仮に、急にアマゾンという存在が人類史からふっとその存在を消してしまったとしたら、拙宅にある半分以上のものは無くなるであろう。しかも私は米や玄米、茶やコーヒーなども購入している。人間の身体細胞は数年で入れ替わる、なんてのを聞いたことがあるので、もしアマゾンが消えたとしたら私も消えてしまう可能性がある。戦慄する。

 

もちろん生きているとさまざまトラブルに巻き込まれる。なので再配達なんてもの哀願する場合がある。以前は「それが仕事であろう」と思っていたのでいちおう申し訳なくは思っていたのだが、仕方なく再配達を利用させてもらっていた。しかし、いつだかのニュースで「佐川急便荷物ぶんなげ事件」があった事実をうけ、私はこれも戦慄したのである。

 

それからというものアマゾンに依頼をだすさい、お届け日時指定などを心がけるようになった。が、アマゾンの1クリックで買うやつとか、あと勢いで注文確定とかしていくと、つい忘却してしまう場合がある。あと私はプライム会員なので基本お急ぎ便に設定されている。もちろん早く来るのに越したとはない。なのでそれも利用してしまう。そうすると日時が指定できない。

上記は私の不手際である。しかしもっとアマゾン側も注文に際して慎重にことを運ばせるような画面にしたほうが良いと思っている。そしたらヤマトも慎重にものが運べるのでは?なんて具合のかるい韻踏み、洒落をいれてみた。どうですか。

 

しかし表題である。かくなるニュースを拝見するとアマゾンが頼みづらくなるのが人情というものではないだろうか。つまりこの報道は人心に訴訟を起こすのである。動揺するのである。

 

人の心が動揺する。するとどうなるか。アマゾンを使用しなくなる、てのは無いと思う。なぜならもはやアマゾンはライフスタイルの一部であるから。

ではどうなるか。ヤマトさんに気を使わざるを得なくなるのである。ってな具合に急に敬称を付け始めるかんじである。

 

いつも来てくれるヤマトのお兄さんはとても良い御仁である。なのでもちろんこちらも精一杯の配慮はしているつもりである。というか良い印象の御仁であると、「この人に迷惑をかけちゃいけない」と思い、注文も慎重になる。お兄さんもけっこう拙宅の在宅時間を把握してくれているので夜でもいい感じの時間に来てくれる。たいへんありがたいです。青木さんいつもありがとう。

 

そいでだから、この報道をみると、ヤマトさんが以下のような陳述をしているように感じるのである。

「あー。ちょっとアマゾンたいへんだなー。へりくだって、ちょっと、といいましたけどね。ほんとはすごくたいへんなのです。だから身銭をきってるんですけどね。いや、でもみなさんのためにね、がんばりますよ。はは。ブラック企業なんてね、いわれますけどね。でもたいへんなんだよなー。」

とチラチラ横目で見てくる感じがするのである。

 

そうなると純朴な心をもった市井のひとびとは「アマゾンべんりだから使うけどヤマト運輸たいへんそうやな。再配達とかせんように気をつけなあかんで」となるはずである。もしほんとうに日本人が人情とピュアソウルを忘れていなければ、というのが仮定としてあるが。

 

しかし、汚染しきった私の心情はどういった反応をするか。というと「これは俺たちに気をつかわせるためにヤマトが情報操作でもしているのでは?」なんて猜疑心にみちてしまうのである。

 

つまりヤマトには裏心があるように感じる。そう思い始めるとちょっとむかつきませんか。なんだか扇情的じゃないですか。でもまぁたいへんなのはわかるけど。佐川も撤退してるんだし。でも佐川のときよりもこういう報道が多い気がするなぁ。なんて思い始めているけれども、私はいつもさわやかな風を荷物とともに運ぶ青木さんのため、日時指定に気をつけている。