Owl Cityというアメリカ人の音楽マンがいて、その肩書きが「ドリーミー・エレクトロ・ポップ」という。なんじゃそりゃ。と思いますが、人心に眠る音のイメージ、その可視化をよく捉えた表現ではないかな、と思います。
そいで、最近はMEW(ミュー)というデンマークのバンドをたくさん聴いている。それは「Visuals」というニューアルバムを新発売したからである。とても良い。良いからよく聴いているのだが。
前作「+-(プラスマイナス)」、って括弧に括弧を重ねてしまったが、それから私のミュー好きは始まり、そのまた前作「フレンジャーズ」というのもえらくよかった。たしかそれもこの日記のどこかに書いたが、なにを書いたは忘れたし、文章も現在とまったくちがう感じなので恥ずかしいから見ないでくれ。
この「Visuals」はたしかにミューなのだが、冒頭のドリーミーポップ感を非常につよく感じた。その原因はおそらくギターリストの脱退によるものではないかと思われる。
といったところで私は「プラスマイナス」というアルバムを聴きなおしているのだが、このギターリスト、その名をボウ・マドセンというらしいのだが、1曲目サテライトから2曲目のウィットネスに感じるギターロック感、私のミューの好きなところはここではないかな、と思う。たしかにギターが抜けたことで楽曲の素の良さ、というものがあからさまに出てきた。
リバーブやエコーのかかった霧中のなか、極彩色かがやく夢中のようなサウンド、そこに奔るメロディは確固たる信念をもっていて、ミューの楽曲の良心がむき出しになっているアルバムであると思う。このメロディのわかりやすさは日本人の心をつかみやすいのではないか、と思う。
しかし、なにかが足りない、というのが私のなかにある。これはさいきん既視感があったぞ、と思ったのだが、おそらくそれは日本のバンプオブチキンではないか。と思う。
バンプもさいきん打ち込みが多い。私は彼らを純然たるギターロックバンドだと思っていたのだが、さいきんデジタルな、上記のごときドリーミーポップ感を出し始めたようなイメージがある。それの猜疑は「ray」というアルバムで確信にかわったのだが、あれはすごい名盤だとおもっている。ここで余談として挟みたいが、デジタルトラックを曲の下敷きとして流すバンプオブチキンである。がしかし唐突にはさまるギターリフ、フレーズには藤原基央のセンスというかギターリストのプライドを感じる。
と、ここまで書いて思ったことがある。それはこのミューというバンド、バンプオブチキンに似ているな、ということである。これはバンドの歴史的に逆なのだが日本での知名度を考慮するとミューはバンプに似ているという表現になってしまう。
しかしやはりこのMEWの「Visuals」にはギターロック感がたりない。バンプがバンドを忘れてしまったような感覚がある。それでもなおこのMewのMewたるミュウミュウ感があるのはヨーナス・ビエーレのやわらかくしなやかで美しい少年のようなボーカルと無垢なメロディセンス、シンセなど上モノのきらめく装飾具合であると思う。あと経過音階で唐突に終わるの得意ですよね、彼ら。
やはり美しい。また1曲目から聴きなおしているが「Nothingness and No Regrets」は冒頭から脳内にやわらかなパステルカラーを映し出してくるし、途中バンドがはいってくることで音楽の生命力を帯びる感じとか、2曲目の「The Wake of Your Life」の歌ものとしての、バンドとしての、音楽家としての誠実さがある。また3曲目「Candy Pieces All Smeared」は毛色を変えて冒頭、危機として攻めてくるけれども、曲の展開には救いのようなメロディがあるし、とってもすてき。
ただミューというバンド、つまりミューをバンドとして誰かにおすすめするときに「Visuals」は先頭にもってこないかな、という印象である。わたしはミューを最初に聴くならば「フレンジャーズ」もしくは「プラスマイナス」をおすすめしたい。しかし「ヴィジュアルズ」もとっても良いアルバムでした。
- アーティスト: Mew,Stina Nordenstam
- 出版社/メーカー: Sony
- 発売日: 2007/01/23
- メディア: CD
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