タトゥーを彫ったことにたいし峻烈な批評をうけた。そんなひとがいるらしい。まぁ批判するのも、タトゥーをいれるのも、個人の自由だとおもう。個人的な意見だが、おれはタトゥー、わりと好き。それにおれの好きなひとたち、古人のロックスターなどは、その多くが肌に墨をいれていたりするので、おれも入れたいナァ、とおもったことは何度かあった。
しかしそれをしなかった。なぜか。刺青をいれたばあい、葷酒山門に入るを許さず。なんてちがうか。公衆浴場など、一定の施設に入ることができぬようになる。それがこわかったのか。いや、逆におれは、だれが入って、なにが浮いているのかわかったもんじゃない浴槽のほうがこわい。あれって衛生面とか超やばいですよね。
友人にごりごりのパンクロッカーがいる。しかし、彼はいわゆるパンクロッカーの型にはまっていて、鋲のついた革ジャンを着込み、頭髪をスプレーで固め、そして上半身には倶利伽羅悶々、までとはいかないが、そこそこのピクチャー、たとえば髑髏、耶蘇、十字架、心臓のデフォルメしたやつ、蟹行文字、紙牌、鉄砲などの戯画が入っていたのである。
おれはおもった。パンクロックの型にはまるなんてまるでパンクロックじゃない。こいつはただのパンクロックの好事家。パンクロック道楽なだけであって、すべて模倣である彼には、毫末のパンクロック精神もなかったのである。
タトゥーに二の足を踏んだ理由に、かれの存在がある。もしマジでそうならば、おれはオリジナリティを目指すクリエイティブな人間におもわれるかもしれない。しかしタトゥーを入れることにもっとも逡巡したのが、音楽性のもんだいである。
おれはロックバンドをしていた。パンクロックではない。けっこう烈しい音楽だったので、タトゥーがはいっていれば、なんかとくその音楽の烈しさに之繞がかかる。
かつて「イカスバンド天国」というテレビジョンの放送にブランキージェットシティが登場したさい、中村達也の身体にはいった墨をみて審査員が「それ本物？ かっこいいよね」などと言っていたのを見たことがある。
ロックというのはパフォーマンスのエンタメなので、音楽以外にも視覚的要素が要諦である。その視覚にうったえる手段としてタトゥーなどは、ロッカーとしての決意表明であり、ロッカーとして堂に入っている証左がため、その音楽もモノホン感が増す、というものである。
よしじゃあ、おれもタトゥーをいれちゃおっかな。なんておもったが、はて。しかし。おれはこのまま、烈しいロックを続けるのだろうか？ という疑問が、靴のなかの小石のような違和感をともない、湧いて出てきたのである。
おれはきほんてきにポップな音楽が好きだ。変態性をポップに昇華したＸＴＣや、まごうことなきポップスの王道を玄妙なアレンジとともに解き放つブライアンウィルソンなどを尊敬している。日本のバンドならスピッツもめっちゃ好き。
そんなおれが、髑髏や耶蘇をいれた腕で、ポップスを奏でたらどうだろう。なんとなくそのポップスに、毒気がまじってしまうのではないか。というか毒気をかんじてくれるならまだしも、「あんな邪悪なタトゥーなのに、めっちゃポップスをやっているなんて、タトゥーをいれたことに悔悟の念をいだいてるんじゃないかしら」なんて、同情されたらたまったもんじゃない。
じゃあ逆に、タトゥーの絵をポップの象徴であるクマちゃんや、みつばちにしたらどうか、という提案があがるかもしれない。いや、そんなの入れたいですか？ でも、こんな毛むくじゃらのおっさんにクマちゃんのタトゥーが入っていたら、なんというか自虐的で、いいかんじかもですね。
まぁ、そんな音楽性の懸念があったため、タトゥーの刻印にしぶっていると、おれはいつのまにやらバンドをやめ、企業にはいり、反社会的組織の一員でないことの証明文に捺印した。
結婚したとき、指輪のかわりに、左手の薬指にタトゥーなんてのはどうか、とおもったが、じつはこれ年少リングなんていう、過去の犯罪を披瀝させるものになってしまう、ということに気がつき、やめた。
日本にはそういう、犯罪のにおいがタトゥー、刺青につきものなので、まぁ批判は詮方なきことだ。ともおもう。タトゥーなんてそういう「かっこいい」というイメージでいれるものだから、逆に「兇悪そう」というイメージで批判されるのには、どこにも撞着はないだろう。
けれども、タトゥーの概念もそろそろ変わってきているだろうし、「家族のシンボル」とかいいかんじだとおもうし、不退転の決意をしめすものとして己の身体に消えない聖痕を刻むのは、まぁ、それもいいんじゃない？ ワンポイントなんてかわいいし。なんておもう。まぁおれはしないけどね。会社員だし。仕事ドタキャンしないし。
