勤務地にむかう道のとちゅうに自動販売機というものがある。
無人かつ自動で清涼飲料や水、茶、コーヒーを販売する、たて1830mm×よこ999mmの機械の箱だ。外気にさらされながらも商品を適正な温度にたもち、時節を問わずいたるところでユーザーにオアシスを提供する。粋である。
さまざまな企業がその自動飲料販売機に力をいれている。コカコーラ、キリン、ダイドー、中には大塚製薬なんて製薬会社も進出している。すでにレッドオーシャン。血で染まった海だ。
私の見受けるその販売機のメーカーはペプシという企業のもののようだ。機械のサイドに赤、青、白で彩られた丸型の家紋がそれを主張している。おもにペプシコーラという炭酸飲料水を生業にしている会社だ。
ちなみにこのペプシ、じつは世界の2大コーラ会社の一角。もうひとつは前述のコカコーラ株式会社である。両雄は民間人をも巻き込み、コカ派だ!ペプシ派だ!としのぎをけずる争いを日夜繰り広げている。死人も出ているという。
ちなみにであるが、私はコカ派である。コカ派の過激派戦闘員である。
ペプシ派に出会えばもうぼこぼこのタコ殴りにする。「味覚障害」というレッテルを貼りつけ、マウンティングに躍起になる。やむをえずペプシコーラが提供されたときには「こんなもん飲めるか!」と窓の外にほうりなげる。こぼれたペプシコーラは大地に侵食し、草木も枯らしてしまう。そう、ペプシコーラはだれからも愛されない。
そういったワケで今日もコカコーラを寵愛する。ゼロとかレモンとかバニラとか邪道。あんなもんはペプシといっしょにほうりなげる。また大地が枯れる、だれかの涙といっしょに。だから男の選択肢はただひとつ。無印赤ラベル一択である。
しかしわたしは気がついてしまった。
ペットボトルの開栓時、いつもの赤いキャップを反時計回りに回すと「ペプシュ…!」と小気味の良い音を立てたことに。
ペプシュ…!これはおそらくペプシのことである。私はこれほどまでに忠誠を誓ったコカコーラに試されている。カマをかけられている。それとも、やましい心のある私の問題なのだろうか?
コカ「…ペプシってだれ?」
私「……えっ?」
コカ「ペプシだよ。…知ってるでしょ?」
私「あぁ…あのペプシマンの?」
苦肉の銀男。語気が弱まる。
コカ「なにかあった?ペプシと」
なにを隠そう数日前、私は猛烈なのどの渇きに襲われ、その自販機で「ペプシストロング」を購入し飲んでしまった。遊びのつもりであった。
私「…いや、なにもないけど。なんで?」
キャップを握る手にあぶら汗がにじむ。
コカ「チェリオちゃんが一緒にいるのを見たって。ラインで連絡が来た」
思わぬ伏兵であった。まさかコカとチェリオが繋がっていたとは。私はライフガードを恨んだ。
私「うん…ちょっとね」
コカ「飲んだの?」
私「…うん」
コカ「…どうして」
私「…ごめん」
コカ「どうしてって聞いてるの!」
こんなに声を荒げたコカを見たのは2度目だ。ユーチューブでメントスを入れられていたとき以来だろう。私の鼓動は激しく脈を打った。
コカ「私だけだと思ったのに!!」
私「すみません」
本気で謝ったのはいつぶりだろう。レッドブル中毒になったときか。
コカ「いつもペプシをなげる姿、本気にしてたのに!なんで!?」
疑問か糾弾かわからない叫びだった。
私「………」
言葉がでなかった。謝罪すら受け入れられない状況だ、と脳内ではわかっていたのかもしれない。
コカ「もう、ほんと、信じられない」
私「………」
とにかく沈黙した。激しく揺さぶられたコカを鎮めるには、とにかく待つことが大事だと長年の付き合いでわかっていたからだ。
コカ「もう、無いから」
私「無いって?」
コカ「ほんと、つかれたよ」
そういってコカは台所に行き、流しの下から一振りの刃を持ち出した。
気が付いたときには終わっていた。
なまあたたかい感触だけが手のひらにあった。
覚醒すると、見知らぬ天井だった。
Dr.ペッパー「気がついたかな」
私「…ここは?」
Dr.ペッパー「病院だよ、きみは3日間眠っていたんだ」
私「なんで?」
Dr.ペッパー「チェリオさんだよ。救急車を呼んでくれたんだ。あと少し遅かったらいまここにこうしていなかったよ」
コカの性格を知っているチェリオは、私とコカになにかあるだろうと心配し、駆けつけてくれていた。
私「皮肉だな…」
Dr.ペッパー「ライフガードだからね。」
私「コカは?」
Dr.ペッパー「私はよく知らないがね」
「それについてなんだが」
突然聞きなれない声がした。
こういうものです、と渡された名刺には国際警察の文字。名前はオランジーナというようだ。フランス人のようだった。
オラン「コカさんはこちらで身柄を確保させていただきました」
私「国際警察が…?なんで? 」
オラン「違法薬物…ご存知ですか?」
私「どういうことですか?」
オラン「コカさんは所持していたんですよ。それをね。」
私「そんなまさか」
オラン「血液検査でも陽性でした」
どうやら私がレッドブル中毒になったときのストレスで手を出してしまったらしい。私のせいだった。なにもかも。奥歯をかみ締める力も出なかった。
私「それでコカはいまどこに? 」
Dr.ペッパー「それはね…ここにいるんだよ」
私「病院に…?」
背筋が硬直した。
オラン「がぶ飲みしたんですよ。メロンソーダを」
がぶ飲みメロンソーダのオーバードーズ。コカは留置場の冷たい床で倒れた。
コカの集中治療室には無機質なデジタル音が一定のリズムを刻んでいた。それは緊張感のある安寧の音だった。
私「……コカ」
コカ「………あ…」
幸いにも意識は取り戻していた。
チューブの付いた樹脂製のマスクに覆われたコカの言葉は、それこそ吐息混じりで半透明だった。
コカ「ごめんね」
私「俺も…いや俺がだよっ!本当にごめん。」
コカ「いろいろ迷惑かけちゃったね」
声に出す言葉が前述のものと同じだと気が付き、私は躊躇った。
コカ「…あたし…変われるかな…」
私「…もちろん」
コカ「信じていいの?」
私「俺も変わるから」
コカ「うん」
乾いた頬にひとしずくの涙がこぼれた。
ねぇ。と言ってコカは続けた。
「もし変われたら、またあのお祭り、一緒にいきたいな」
私は、行こう、と一言うなずいてコカの手を強くにぎった。
こうしてコカは国際警察に連行された。
法廷に掛けられた。そこで命じられた薬物環境変換システム
Medicine
Environment
Transform
System
通称メッツの措置を受けるように、とのことであった。情状酌量の余地は、あり、とのことだった。
………あれれ。ちょっと待ってくれ。
「ペプシという名前ほど、炭酸飲料を開栓したときの擬音に近いものはない。」という思いから始まったんですが、なんだか長文になってしまった。どうした俺!?
でもこうして今日も生きている。
私の隣にはコカコーラがある。いやコカコーラはいつの間にかメッツコーラになっている。変われたんだ。
今日は前から楽しみにしていた三ツ矢祭だ。ほんと人生ってファンタスティック。