まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

竹原ピストル「PEACE OUT」を聴いてやっぱ天才だなと驚嘆した

たまに、ごくたまに。現代ふうガチャ的に言えばSSR。ダブルスーパーレア級にであるが、呼吸が苦しくなるほど切実な切迫する、つまり幕之内一歩のリバーブローを食らったかのごとき呼吸困難に陥ってしまうような歌を歌う人がいる。

その一人に私は竹原ピストルという人を挙げたい。

 

竹原ピストルとは、もともと野狐禅という楽隊を組んでいた人である。野狐禅ってすげぇバンド名だと思う。ハイパーセンス。嫉妬。いまはそれを解散され単独行動で歌手活動をされている。詳しくは私が書くよりウィキペディアでも見たほうが早いです。

竹原ピストル - Wikipedia

 

今回のアルバム「PEACE OUT」はシンプルな構成の編曲が多かった。つまりアコースティックな原曲生け捕りが多く、竹原ピストルという歌手を知るのにはうってつけの一枚になっていた。ちなみに前作「Youth」はすこし編曲に凝りすぎていたと感じる。

PEACE OUT (初回限定盤CD+DVD)

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1曲目から「ドサ回り数え歌」というアコースティックギターと歌のみのシンプルな楽曲であった。歌唱をするのにはもってこいの歌ではなかろうか。また彼がよくやる韻踏み、つまりライム、こういう言い方をすると怒られるが駄洒落、つまりは言葉遊びが気持ちよく響く一曲である。

 

2曲目は「虹は待つな 橋をかけろ」というバンド編成の曲であった。竹原ピストルという歌手の声はしゃがれている。SIONほどではないがしゃがれ声の部門にはエントリーする。そのしゃがれ声が生きる明るいロック調の曲であった。左側にふった電気ギターのオブリガードが目立つ。

いま目立つと書いて思ったが、聴覚に作用するのであれば耳立つ?というのではなかろうかと思い調べたらそんなことばありました。耳立つ。今後使っていこうと思う。

 

3曲目「一枝拝借 どこへ生けるあてもなく」もシンプルな楽曲だ。桜のイメージと跳ねるメロディがサニーデイサービスのアルバム「東京」収録のアレに似てる。

 

上記3曲を順序よく記載してみたが、これらは最近の竹原ピストルの曲だな、と所感をいだく。なぜならば、とてもきれいなメロディの曲だからだ。

かつて竹原ピストルは「自殺志願者が線路に飛び込むスピード」という曲を作った。音質なんてくっそ悪く、全体的に音が割れていた。過入力であった。それは音の過入力というよりは情念の過入力であった。

この曲はとにかく言葉をぎゅうぎゅうに詰め込んでいる。そのせいかメロディをどこかに置き忘れてきてしまったようで、小節におさまりきらない歌詞はラーメン次郎のごとく丼器の外面までもべたべたにしているようである。しかしそこに盛り付けられた熱量の凄味は圧倒的美しさを放っている。


【竹原ピストル在籍】野狐禅 / 自殺志願者が線路に飛び込むスピード (シングル・ヴァージョン) PV

しかし最近の音楽は音質がめっちゃくちゃ良い。煌びやかで瑞々しい。安物のイヤホンであっても音の感触が手に取るようにわかる音質である。しかしそれに依存しているのか歌にまったく意味のない曲が横溢している。それに比べてこの「自殺志願者が線路に飛び込むスピード」からほとばしる意味意義の大量たるや異常である。私はどんな音質良く着飾った曲よりもこちらを愛している。

しかし、その捲くし立てるようなボーカリゼーションは彼のイメージを固着化させてしまったかもしれない。しかし竹原ピストルはメロディを歌いたく無いというわけではないと思われる。表現のレベルにおいてチョイスしたあの形式である。音楽のメロディセンスはめちゃくちゃ鋭い。それを証明できる3曲がこの「PEACE OUT」の始めにはいっている。

 

歌が音楽である以上、つたえるべきは音なのかもしれない。が、歌が言葉を伴う以上、つたえるべきは言葉であって、それを極限化したものが昨今の流行しているラップである、と思う。

だから竹原ピストルもラップを試みる。そもそもその歌唱は言語を垂れ流すフリースタイルである。そのタケハラップが冴えるのは4曲目の「ママさんそう言った~Hokkaido days~」である。ブラックライトに照らされていそうなヒップホップトラックにタケハラップが乗っている。だからヒップホップみたいな曲である。であるが竹原節は顕在している。

竹原ピストルは北海道でバンド活動をしていた。そのときのエピソード的な歌詞であろうと推察する。韻踏みが面白く、また噛み付くようなボーカルの後ろで鳴るメロウなキラキラフレーズも聴き応えがある。そして下げの一句は「れぺぜん野狐禅」である。

 

だからか、そのあとの5曲目は「ぐるぐる」という曲が展開される。これは狙った因果か。

「ぐるぐる」は野狐禅時代の名曲である。卒業的なテーマをもった曲である。

恐らく一発録音であり、正確なBPMつまりビーツパーミニット、ようするに正確なテンポなんて関係なく、リズムはばらけている。その代わりそこにあるのは音楽の呼吸である。ギターも息継ぎをするように、それは下手くそな平泳ぎのように時に激しく、時に浅く必要な酸素を取り込み二酸化炭素をはきだしている。音楽の、否、リズムの呼吸が聞こえる演奏である。だからか演奏している表情が可視化する。眉間にシワを寄せて歌う姿が脳内バーチャルで浮かぶ。演者の表情が見える音楽というものは名演である。一音一音にたましいがこもっている。そんな曲である。2番のサビに入る前の息継ぎ、はぁ…めっちゃすてき。

 

6曲目「一等賞」も歌謡曲的メロディで好き。「人が見たことない走り方は~」ってとこが好きだな。助詞の使い方が器用で「ルールに乗っ取って、ルールを乗っ取って」という歌詞は連結しているのか、それとも独立しているのか、そんなことを考えてしまう曲であった。と、あまり歌詞の解釈的なことはじつは私は言いたくなく、だってそんなの自由じゃん、なんて思うわけで、そんな私、すてき。

7曲目「ため息さかさにくわえて風来坊」もデジタルバックトラックに乗せたメロディ主体の曲であった。平沢進みたいで、すてき。

 

8曲目「最期の一手 ~聖の青春~ 」

たぶん映画のサントラ的な役割を果たしたのか。そのへんはよく知らんのですが。これもまた正確なテンポというよりは曲の呼吸を意識したものである。切なさにはなんだかたくさん種類があって、ぬくもりのある切なさってあるじゃん?優しいかんじ?しかしやはり竹原ピストルの歌には最終的に切実さに繋がるという結があり、すてき。

 

9曲目「ただ己が影を真似て」

ピアノと歌のみ。あからさまな強いメロディーではなく歌詞を乗せるためのシンプルなものであるが、竹原ピストルのしゃがれた声が優しく響く。この人の浪曲的なフレーズのあげ方がすてき。

 

私は竹原ピストルという人間は職業歌手であるが、職業という皮をはいだら出てくるのが詩人ではないかと思う。彼の書く歌詞は詩なのだ。

しかし歌詞は詩である必要があるのか、と問われれば、そんな必要はない、というのが私説である。

歌詞は歌詞である以上、節回し、つまりメロディを伴うものであるからして、歌詞とメロディというのは二つでひとつだな、と思う。

対して詩というのは表意文字、文章単体として存在が成立する。つまり詩にメロディは必要ないということなのだが、竹原ピストルの歌詞は詩である。彼は詩をメロディに乗せて歌にしている。

 

竹原ピストルの曲は詩を音楽にのせる最適な手段を講じているのだな、と痛感する。それが私の好きな竹原ピストル節であり、今回の収録楽曲でいうと10曲目の「例えばヒロ、お前がそうだったように」である。

以前の曲のリテイクである。これが竹原ピストル、ひいては野狐禅からの伝統芸である。妻もこれがグッときたと言っていた。アコギ、歌、ドラム、ハーモニカ、最後にシンセサイザー。とにっかくドラムが良い。ドラムは玉田豊夢であった。熱気があり激しいのに流麗で柔軟である。ポンタ系とでも言いますか。

綴りようのない切実。言葉の間。ふとでてくる喜劇。とても日本語がなまなましく、口角に溜まった泡沫がほとばしるように言葉がとんでくる。

 

11曲目「Forever Young」

ロッドスチュワートだ。と思うのはおっさんだと思う。ループするデジタルトラックにピアノとアコギ。当たり障りのないメロディであるが、いい曲である。しかし竹原ピストルっぽいか、と問われればそうでもない気がしている。ただもうここまで書いていればバレていると思うが、私は竹原ピストルに見えない信仰心的ものを抱いているので、あぁいいなぁなんて思う。

 

12曲目「俺たちはまた旅に出た」

酒の肴になる曲ってものがあるとすれば、これだろう。

垂れ流す思いの丈がたらたらと垂れ流れるような愚痴のような、そんな愚痴を踏まえたおニューな心持ちなのか。そんな歌詞がすてき。

 

13曲目「マスター、ポーグスかけてくれ」

これはタイトルで噴飯物であった。ポーグスかけてくれって(笑)とカッコワライトジカッコをつけてしまいたくなる。

ちなみにポーグスというのはアイリッシュパンクというパンクロックにケルト音楽っぽい配合を成したジャンルの草分け的存在である。80年代の音楽ですね。もしアイリッシュパンクにご興味があるのであればポーグスよりも私はフロッギングモリーを推薦したいです。よりモダーンなので。

音源ではバンジョーが鳴っている曲です。これもまたゆったりと酒でも飲みながら聴きたいですね。

 

辞書をひきひき選んだ言葉を、羅列するような、中身のないみんなと同じおしゃれふうな歌詞が横溢している。それはどうなんだろう。と思う。ロックじゃねぇなと思う。

誰かが垂れた言葉を拾って噛んで吐き出したような味気ない歌詞だな、とおもってしまう。まぁそういう歌詞はだいたい曲が、歌がぽんこつなので歌詞なんてまず入ってこない。

対して、この竹原ピストルという人間の作る曲はどうだ。こんなに自分らしく、ってのも進路前の中学生ふうでなかなか忸怩たるものだが、なにをどう歌えばいいのか、を思案して歌っている人間はなかなかいないのではないか。だからつまり、竹原ピストル。もっと売れろ。

PEACE OUT (通常盤)

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