「おれがダサいんじゃなくて、こんなTシャツを作ったやつがダサい」と、ダサいTシャツを着た人は言うけれども、まったく情けない遁辞であるとおもう。じゃあお前はサーティーワンに言ってバニラを注文するのか? と詰問したくなる。
だってそうじゃないっすか。サーティーワンには絢爛豪華なアイスが星の数ほど存在している。そのなかにはバニラアイスをグレードアップさせたようなものもある。それなのになぜノーマルのバニラを注文するのか。
言い訳めいてしまうが、おれはここでサーティーワンでバニラを注文することにケチをつけたいわけじゃない。むろんバニラはうまい。ときおり無償にバニラを食いたくなるときもある。アレルギーの関係でバニラしか食えないひとも居るかもしれない。
しかし、そういった事情がある人間以外がバニラを注文することに、おれは鼻白んでしまう。リアル貧乏をしているので、カネのことをうんぬん言いたくはないが、だってぜんぶ同じ値段だぜ? だったらさまざまなデコレーションのされている、もっとすごいアイスを食ったほうがお得であろう。
おれが今なにを言いたいのかというと、アイテムの選球眼。これを磨くべきである。ダサいTシャツを選んでしまうこと、それすなわちTシャツの選球眼が拙劣なのである。そしてサーティーワンでバニラを注文することは、アイスの選球眼が鈍くさい。なによりも人生で、もっとうまいアイスを食うチャンスを逃してしまい、人生が悲しいものになる。
そんな折、ハーゲンダッツ株式会社様がリッチミルクという商品を開発した。期間限定である。しかしこれは罠である。おれはそうおもった。だってシンプルすぎる。
「期間限定」という惹句を人質にとり、人びとの購買意欲を扇情しようとしている広告の悪魔的発心である。おれはそういう具合に感情のそろばんをはじいた。だが、おれが間違っていた。ほんとうにすいませんでした。
ハーゲンダッツでいちばんうまいのは「マカダミアナッツ」である。もしくはその期間に発売されている企画物、ソルティバターなんちゃらやら、きなこなんちゃらやら。これがハーゲンダッツを食う目的になっている。
ときおりグリーンティーなども食うが、もちろんうまい。コクがね。だがアイスの選球眼が磨かれている消費者にとっては、かような素朴な品種よりも上記の豪奢な季節モノのほうが、とてつもない蠱惑的パワーをかもし出しているようにおもわれてしまう。
だから、たといリッチにしようが「ミルク」のみに光を照射したリッチミルクなんぞには、これっぽっちの魅力も感ぜられぬのである。これがもし「エッチミルク」であれば男性的本能としてすこしたじろいでしまうが。この一文は忘れてくれ!
だが、なにを血迷ったか、おれはひょんなことからリッチミルクを食ったのである。心の底から言う。超うまい。芳醇なミルク感が馥郁と鼻腔に舞い上がる。とても濃厚。だが、それだけで終わるハーゲンダッツではない。なぜかさっぱりしているのである。
牧畜として乳牛を家畜するが、乳牛のそだつ高原に吹きつける、さわやかな一陣の風が吹く。まるでアルプス。アルプス食ってるみてぇだ。草原の若草色と、天まで見透かせそうなすきとおった蒼穹。そこに浮かぶ雲が一朶と、脳内に幻影されるほどの颯爽感があるのである。
おれはリッチミルクのこの「さわやかさ」がすごいとおもう。すごいってゆうかヤバいとおもう。むろんこの濃厚さには端倪すべからざるところがある。しかし、濃厚というだけであれば、或る程度どのアイスでも千篇一律なんじゃないかしら。
ハーゲンダッツの企画物のなかでも、シンプルに特化したリッチミルク。こんなもん食われるかえ! となめくさり、磨かれたアイス選球眼に油断していると、じつに人生を悲しくさせることになる。このミルクの芳醇と爽快を味わえるのは、いまのところリッチミルクだけである。期間限定を解除して、ぜひともレギュラー商品化させていただきたい。そうおもいたち、拙劣な文章で本稿を書き上げたのであった。