まだロックが好き

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おめおめと生きている日記

「ブルーに生まれついて」を観た感想、ドラッグが必要なひとたち

 違法な薬物、これの使用上の注意をよく読まず、用法要領を守らないことによって、快楽の世界に耽る、なんてことは、これあってはならぬことであって、逮捕されちゃうぞ。でもそんなこと言うならば、アルコールはどうなんだ、ってなものであるし、そもそもの話し、違法な薬物に使用上の注意や、用法要領などそんなものは存在しないのではないか。って、これなんの話頭? というと、チェット・ベイカーの半生をえがいた映画「ブルーに生まれついて」を観賞しました、という話頭である。

 

 チェット・ベイカーは50年代、ウエストコーストジャズの時期に活躍したトランペッターである。といっても、そもそもおれはジャズに冥い。さいきんマイルス・デイヴィスの本を読んでいるけれども、あまり存じ上げない。ビル・エヴァンズは好き。さいきんのピアノジャズならフレッド・ハーシュというひとが静謐なピアノジャズでよかった、そんな程度の、音楽のちょっとした趣味でジャズも聴いてます、みたいな、にわかファンとも呼べぬジャズ超素人である。

 

 そんなおれでも楽しめたのは、やはりそのドラッグに影響された彼の半生がドラマチックにえがかれているからであって、イーサン・ホークという人がチェット・ベイカーを演じていたのだが、色男なのにどこか茫洋としていて、空虚でうつろな雰囲気をたずさた、まさにラリって陶然とするのが大好きです、みたいな薬物ジャンキーにぴしゃりと吻合する役者だったのである。

 

 当時のジャズの革命というのは、やはりクール・ジャズだったのだろう。なぜそれが革命的だったのかというと、ジャズといえばビバップが主流であったらしく、猫も杓子もパッパラパッパラとブローしまくる、曲というよりは技術を聴くようなジャズがメインだったらしい。しかしクールジャズはちがう。音楽を大事にした。ウエストコースト・ジャズもその影響で誕生したようだ。まぁウエストコースとジャズを音楽的に定義するのは難しいらしいが。

 

 劇中でチェット・ベイカー扮するイーサン・ホークが歌う。そして吹く。すさまじい怪我から粉骨砕身して。当時、ラッパ吹きが歌うのは法度に反することだった。歌手と演奏者はふつう別でしょ、的な因習があった。だがチェット・ベイカーは歌った。ってゆうかイーサンが歌った。か細く、ふっと息を吹けば消えてしまいそうなほどの、そのロウソクの火のような歌声が、儚さをかもしだいしていて、とっても素敵だった。それは、お盆にのせてそっと運びたい、たいせつな音楽だとおもった。

 

「ブルーに生まれついて」というのは、曲名からとられたようだ。これを最後にチェット・ベイカーは演奏するのだが、このラストがなんともいえぬ、でもこれがアーティストつうか、逃れられない宿命的な、遺伝子と星の宿命がダブルの成分で効いたような、自分の選択というよりは、神という不可思議な存在によって選択させられている、という、とても悲しい終わりだった。

 

 チェット・ベイカーは間違った選択をしたのかもしれない。しかし、彼はそのあともジャズの世界で生きつづける。おれはビーチ・ボーイズのファンで、ブライアン・ウィルソンという人が好きなのだが、なにかで読んだ彼の評価にこんなものがある。

 

「神という存在は、この世界をよりよくしようとするために、たったひとりの人間を不幸にすることがある。その人間の抱く悲しみや孤独や懊悩から、とてつもない作品が生まれ、それが世界中を幸せにする」

 

 みたいな感じだった。たぶんジム・フジーリ著「ペット・サウンズ」という本だったとおもう。まさにアーティストらしいアーティストというのはそういうものであるなぁ、とおもう。チェット・ベイカーもそのうちのひとりだったのかもしれない。そんなチェズィーを助けようと甲斐甲斐しく献身するジェーンという女性、これがまたもう最高にいい役だった。

 

 映画名の「ブルー」これには、たくさんの意味が込められているのだとおもう。悲しみのブルーや憂鬱のブルー、そしてジャズのブルーノートのブルー。ジャズメンにとって白人は、逆差別のようなものがあったらしい。マイルス・デイヴィスだって「ヤツのように弾けるなら、そいつが何色の肌をしててもかまわない」なんて言っているが、実際はビル・エヴァンズのことを肌の色でからかっていたらしい。クソだな。

 

 色をもたない白人のチェット・ベイカーは「ブルー」でいようとした。彼のラッパはどこか憂いを帯びている。その色はきっとブルーなのだとおもう。だからこそ悲しみと憂鬱のブルーな道、破滅の道を歩んでいったのかもしれない。

 

 映画のジャケがかっこいい。そして劇中でも「青」がきれいに使われていたとおもう。昔「ムーンライズ・キングダム」って映画も観たけど、あれも色がきれいだったなぁ。画面の配置と色彩の映画だった。で、この映画でも絶望てきな時には寒色。ちょっと希望が見えてくると光っぽい暖色が現れていたような気がする。

 

 ドラッグといえば、おれは中島らもの「バンド・オブ・ザ・ナイト」という小説が好きだけれども、ドラッグの影響下で作られたものに、けっこうな名作はあるとおもう。60年代から70年代のロックってそんなもの多いし。でもそれは一定の超人的なアーティストだけに必要なわけであって、かれらが不可侵の存在によって不幸にされた挙句、手にするのは仕方がないとおもう。だから、けっして芸能人のボンクラ息子みたいな、凡百の徒には必要ないとおもいますけどね。